一般的に発達心理学では、親と子の間で見られるような緊密で情緒的な結びつきのことを「愛着関係』と呼びます。かつて、こうした関係は、乳児が何よりも自らの基本的欲求(飢えや渇き)の充足を求めて親に依存するようになる結果、あくまで二次的に生じてくると説明されてきました。つまり、食べ物を与えてくれる人がたまたま親だから結果的にその親になついていくようになる、という考え方です。
この考え方を一変させたのが、イギリスの児童精神科医であるボウルビィ(J.Bowlby)です。彼は1970年代から1990年代にかけての研究の中で、次のように考えました。
『カモやガンなどの鳥の雛(ひな)が生後間もない時期に「最初に出会った対象」(親鳥である必要はなく、例えば人間でも構わない)の後追いをし、それに絶えずくっついていようとする現象はよく知られています。ボウルビィは人間の乳児にもこうした雛鳥(ひなどり)
と同じように、特定対象と近接関係を確立・維持しようとする欲求やその欲求を充足させるための「基本的行動パターン」(微笑む、泣く、しがみつく、じっと見る、後追いする、接近するなど)が生得的に備わっているのではないか、と考えたのです。
知的な能力や運動能力も未熟な乳児が独力で生き延びることは無理でしょう。乳児は他の個体から効率的に自らに対する保護や養育を引き出さなければ、ほとんど生き延びれないはずです。この保護や養育を引き出しているのが「愛着行動」なのです。愛着の本来の機能は乳児が特定対象との近接を維持し、その対象から保護を引き出すことで「乳児自らの生存可能性」を高めることであると言えます。ボウルビィは、愛着を個体が自律性を獲得した後(3才以降)でも形を変え、生涯を通じて存続するものだ、と仮定しています。「くっついている」ということは文字通り身体的に近接しているというのみならず、物理的な意味を離れていても「精神的な意味」で特定対象との間に信頼関係に満ちた関係を築き、危急の際にはその対象から助力してもらえるという確信や安心感を絶えず抱いていられる、ということを意味するということです。
「子どもはかわいいんだから、つべこべ言わず、かわいいでいいだろう」というお声も聞こえてきそうです。まさしくごもっともなのですが、永年発達相談に従事してきたものとして、今子育て真っ最中で悩んだり、疲れたり、不安をもったりされているお父さんやお母さんに向けて、「お父さん、お母さんには、安心感そして愛着関係というアドバンテージ(有利さ)があるので、ちょっと頑張ることで子育てももっとスムーズに楽しくなると思います」というメッセージをお送りしたかったのが本意なのです。ご理解をいただけますと有難いです。
(参考文献)
無藤 隆、久保ゆかり、遠藤利彦:「発達心理学」、岩波書店、1995年